学校の階段を、数えながら上ってはいけない。数えていなければ、十三段目があることに、気づかずにすむ。
高校二年の秋、私と真奈は、放課後の美術室で、文化祭に出す大きな絵を描いていた。一枚のキャンバスを二人で分けて、左半分を真奈が、右半分を私が描く。二人で一枚の絵にしよう、と言い出したのは真奈だった。
その日、片づけをしているときに、真奈が言った。
「東棟の階段、いつも十二段だよね」
真奈は筆を洗いながら、こちらを見ずに続けた。
「今日は、十三段だった」
東棟は、美術室や音楽室が集まった古い校舎だった。一階から踊り場までの階段は、十二段。美術部の私たちは毎日そこを上り下りしていて、真奈は、その段をなんとなく数えるのが癖になっていたのだという。
「数え間違いでしょ」
「三回数えた。三回とも、十三段だった」
真奈は真顔だった。私は笑って、確かめてくる、と美術室を出た。
廊下の照明は半分消えていた。窓の外は、まだ夕方の明るさだった。
一階まで下りてから、一段ずつ数えながら上った。
一、二、三。
ゴム張りの、いつもの階段だった。
十、十一、十二。
十二段目で、顔を上げた。踊り場は、もう一段上にあった。
十三段目は、ほかの段とちがっていた。滑り止めのゴムがなく、黒ずんだ古い木の板だった。足をのせると、ぎい、と鳴った。
その音に重なるように、頭の上でも、ぎい、と音がした。
踊り場の真上の、何もないはずの空中に、足が二本、ぶら下がっていた。それより上は、怖くて見られなかった。
紺のハイソックスに、上履きをはいた足だった。つま先を下に向けて、少しだけ揺れていた。上履きのかかとに、マジックで名前が書いてあった。にじんで、読めなかった。
足の先から、何かがしたたっていた。踊り場の床に、小さな黒いしみがひとつ、またひとつ増えていった。
ぎい。ぎい。
足が揺れるたびに、縄がきしむ音がした。
私は振り返らずに、階段を駆け下りた。駆け下りながらも、段を数えていた。
十二段だった。
一階の廊下から見上げると、踊り場には何もなかった。床に、しみもなかった。窓の外の空だけが、いつのまにか真っ暗になっていた。
次の日、私は真奈に、見たものを話した。真奈は、しばらく黙っていた。それから、美術部の先輩から聞いたという話をした。
何十年も前、美術部の女の子が、東棟の階段の手すりで首を吊った。それからときどき、あの階段に十三段目が現れるようになった。
「十三段目を踏んだ人は、その日から、あの階段を上るたびに、一段ずつ多くなるんだって」
増えていった段のいちばん上で、その子が待っている。いっしょに吊るされる人を。
「真奈は、踏んだの?」
真奈は答えなかった。手の甲で、何度も首すじをこすっていた。
私は、その日から部活を休んだ。東棟には、近づかないようにした。
十日ほどたった朝、真奈は東棟の階段で見つかった。
制服のスカーフを、踊り場の上の手すりに結んで、首を吊っていた。最初に見つけたのは、朝いちばんに鍵を開けに来た用務員さんだった。真奈の上履きは片方だけ脱げて、踊り場の床に落ちていたという。
東棟は、その日から一週間、立ち入り禁止になった。
立ち入り禁止が解けた日、私は美術室に行った。行かないわけにはいかなかった。真奈と描いていた文化祭の絵が、まだ途中だった。真奈の左半分は、下描きのままだった。あの絵を完成させて飾ることだけが、私が真奈にしてやれることだと思った。
美術室は東棟の二階にある。渡り廊下は一階にしかないから、美術室へ行くには、あの階段を上るしかなかった。
上りながら、私は段を数えた。私も、あの日、十三段目を踏んでいる。確かめないわけにはいかなかった。
十四段だった。
真奈の机の引き出しに、真奈のスケッチブックが残っていた。最後の何ページかに、日付と数字だけが、鉛筆で書き込まれていた。
十三。十四。十五。十六。
最初の日付は、真奈が「十三段だった」と言った、あの日だった。そこから一日に一つずつ、数字が増えていた。最後のページには、真奈が見つかる前の日の日付と、「二十」という数字があった。その下に、ふるえる字で、こう書いてあった。
あと一段。
それから毎日、私は東棟の階段を上った。そして毎日、段を数えた。あと何段残っているのか。それを知らないまま上るほうが、ずっと怖かった。
十五段。十六段。十七段。
段が増えても、上りきった先は、いつもの踊り場だった。ただ、段が増えるたびに、踊り場の窓の外が、少しずつ暗くなっていった。昼休みに上っても、踊り場の窓だけが、夕方の色をしていた。
文化祭の前日、私は放課後に残って、絵の最後の仕上げをした。真奈の半分にも、私が色を塗った。
窓の外は、もう暗くなっていた。片づけを終えて、鍵を職員室に返しに行くため、私は東棟の階段を下りはじめた。下りながらも、段を数えていた。
踊り場から一階までは、十二段のはずだった。
十二。十三。十五。十八。
一階には、着かなかった。
二十。
二十一段目に足をおろしたとき、足もとが、黒ずんだ古い木の板に変わった。ぎい、と鳴った。
顔を上げた。
すぐ目の前の空中から、縄が一本、下がっていた。先が輪になっていた。輪は、ちょうど私の顔の高さで、ゆっくり揺れていた。
輪の向こうに、上履きをはいた二人分の足が、並んで揺れていた。紺のハイソックスの足と、真奈がいつもはいていた、白いくるぶし丈の靴下の足だった。真奈の足は、片方だけ、はだしだった。
ぎい。ぎい。
頭の上で、二本の縄がきしんだ。
真奈の書いた「二十」の次は、二十一段目だった。私は今、その段に立っている。
美術室へ戻ろうとして、振り返った。
そこに、階段はなかった。下りてきたはずの段も、手すりも、踊り場の窓も、消えていた。背中のすぐ後ろには、真っ暗な闇が広がっているだけだった。
私が立っているのは、闇の中に浮かんだ、古い木の板一枚の上だった。
目の前で、縄の輪が、私を待つように揺れている。
この物語のもとになった13階段の呪いの都市伝説、その起源と真相はこちら。
13階段の呪いの都市伝説・起源と真相
※この物語はフィクションです。実在の場所や伝承を題材にしていますが、登場人物・出来事はすべて架空のものです。

