※この物語はフィクションです。
冬の夜は、音が遠くまで届く。
住宅街を抜ける細い道を歩きながら、健太はマフラーに口元を埋めた。部活帰りだった。いつもなら友人と駅まで一緒に帰るが、その日は補習で遅くなり、一人だった。
夜十時過ぎ。
住宅街と線路の間を通る近道は、人通りがほとんどない。
冷たい風が吹くたび、架線がかすかに鳴る。
その道を歩いていると、ふと思い出した。
昼休みに誰かが話していた怪談。
「知ってる? テケテケ」
「夜に線路の近く歩いてると出るんだって」
「下半身がなくてさ、手だけで追いかけてくる」
誰かが笑いながら言った。
「逃げても無駄。めちゃくちゃ速いらしい」
そのときは皆で笑って終わった。
健太も、「また古い都市伝説か」と流した。
——だから、その音を聞いたときも、最初は気のせいだと思った。
テケ。
少し間を置いて。
テケ。
乾いた何かが地面を叩く音。
健太は立ち止まった。
振り返る。
誰もいない。
街灯がぽつぽつと続くだけだった。
風の音か。
そう思って歩き出す。
テケ。
テケ。
今度は近い。
後ろではない。
横。
線路側。
金網越しの暗闇。
健太は思わず目を向けた。
何も見えない。
だが、音だけがする。
テケ。
テケ。
テケテケ。
だんだん速くなる。
心臓が嫌な打ち方をした。
誰かいる。
でも、人間の足音じゃない。
靴でもない。
地面を叩くような、擦るような。
健太は足を速めた。
音も速くなる。
テケテケテケテケ。
笑ってしまうほど単純な音なのに、背筋だけが冷えていく。
そのときだった。
金網の向こう。
白いものが見えた。
街灯の明かりが一瞬だけ届く。
白い上着。
長い髪。
そして——そこから下が、ない。
呼吸が止まった。
人影は、腕だけで地面を叩いていた。
左右の腕を交互につきながら。
異常な速さで。
テケ。
テケ。
テケテケテケテケ。
健太は走った。
耳鳴りがする。
後ろを見るな。
そう思うのに、見てしまう。
白い顔。
髪の隙間から見える目。
笑っているようにも、泣いているようにも見える。
なのに。
近づいてくる。
人間の走る速度じゃない。
「なんだよ……!」
息が切れる。
住宅街に出れば大丈夫。
そう思った。
でも、ふと気づいた。
音が消えた。
止まった。
健太は振り返った。
誰もいない。
静かだった。
さっきまで確かにいた。
夢だったのか。
笑いそうになった、その瞬間。
頭上から声がした。
「……ねえ」
首が固まる。
見上げる。
電柱。
その途中。
そこに、いた。
上半身だけの女。
腕で電柱にしがみつき、逆さにこちらを見下ろしている。
黒い髪。
白い顔。
唇だけが不自然に赤い。
女は首を傾げた。
「足……見なかった?」
健太は声が出ない。
女は笑った。
そして、地面に落ちた。
落ちたのに。
音がした。
テケ。
テケ。
テケテケテケテケテケ——
健太は無我夢中で逃げた。
家に飛び込み、鍵を閉めた。
息を切らしながら母に言った。
「誰かいた」
母は眠そうに首を傾げた。
「何言ってるの」
その夜、眠れなかった。
窓の外が気になった。
午前二時。
静かな住宅街。
すると。
聞こえた。
遠くから。
テケ。
テケ。
近づく。
テケテケ。
窓を閉める。
カーテンを閉める。
耳を塞ぐ。
それでも聞こえる。
テケテケテケテケ。
家の前。
止まった。
沈黙。
次の瞬間。
コン。
窓を叩く音。
一回。
二回。
三回。
健太は見なかった。
絶対に見なかった。
朝になった。
何もなかった。
夢だった。
そう思うことにした。
学校へ行く。
教室に入る。
席につく。
すると、隣の友人が言った。
「なあ、お前、昨日遅かったろ」
健太は黙った。
友人は続けた。
「帰り道、線路通った?」
嫌な汗が流れた。
「……なんで」
友人は少し笑った。
「いや、うちの兄ちゃんが前に見たって言ってた」
そして何気ない口調で言った。
「テケテケって、見たら終わりなんだって」
健太は固まった。
友人は続ける。
「音が聞こえなくなったら安心じゃない」
教室の窓の外を見ながら。
「家まで来るから」
そのとき。
教室の廊下。
遠くで。
乾いた音がした。
テケ。
誰かが走っているだけかもしれない。
でも。
なぜか教室の全員が、一瞬だけ静かになった。
テケ。
テケ。
音は、少しずつ近づいていた。
健太だけが知っていた。
あの音は足音じゃない。
腕の音だ。
そして、名前の由来そのものの音だ。
誰も信じない。
だから、もし夜道でその音を聞いても。
振り返らない方がいい。
振り返った瞬間、
あなたは何を見たのか、一生忘れられなくなるから。
この物語のベースとなったテケテケの都市伝説、その起源と真相はこちら。
テケテケの都市伝説・起源と真相


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