コトリバコの都市伝説を題材としたショートストーリー

コトリバコの都市伝説 STORY

祖父の四十九日が終わったあと、実家の離れを片づけることになった。

山あいの古い家だった。母屋の裏に建つ離れは長く使われておらず、私は子どものころから「あそこには近づくな」と言われて育った。理由は知らない。祖父は厳しい人ではなかったが、離れのことだけは例外だった。孫の誰かが戸に手をかけると、どこにいても飛んできて、黙ってその手を外させた。

法要には、五歳になる娘の結衣も連れていった。結衣は最近、寄木細工のからくり箱に夢中で、どこへ行くにも小さな秘密箱をポケットに入れていた。模様の板を順番にずらすと、ふたが開く。「ひみつのばこ」と呼んで、開けては閉めてを一日中くり返していた。

葬儀のあと、親戚が集まって、離れの戸を開けた。埃を払い、古い家具を運び出していくと、奥の部屋だけに鍵がかかっていた。叔父が鍵束から一本を選び、黙って開けた。

六畳ほどの、何もない部屋だった。

ただ、畳の真ん中に、小さな木箱がひとつ置かれていた。黒ずんだ古い箱に、色の抜けた布がかけてあった。飾ってあるのでも、しまってあるのでもない。ただそこに、何十年も置かれ続けていた、という佇まいだった。

誰も近づかなかった。叔母が「これ、どうするの」と聞くと、叔父は少し考えてから「あとにする」と答えた。その声が、妙に硬かった。

気がつくと、結衣が部屋の入り口にしゃがみ込んで、じっと箱のほうを見ていた。

「ひみつのばこ」

結衣が小さくつぶやいた。私は慌てて結衣を抱き上げ、母屋へ連れ戻した。

夕方、叔父に箱のことを聞いた。叔父はしばらく黙ってから、「祖父さん、何も話してなかったか」と言った。首を振ると、困ったように笑った。「なら、知らないままでいい」。それきり、話は終わった。

翌日、私はひとりで離れの片づけを続けた。箱には触らなかった。代わりに、壁際の棚を開けた。家計簿、農作業の記録、古い家系図。その一番下に、祖父の字の大学ノートがあった。日付は昭和四十年代だった。

最初は、家の修繕や親戚の名前の覚え書きだった。途中から、文章が短くなっていった。

『離れは閉じる』『誰にも見せない』『預かるだけ』

次の頁には、『開けない』。その次には、『渡さない』。

頁の端に、古い文書を書き写したような一行があった。『子取り箱』。その下に、祖父の字で『コトリバコ』と書いてあった。子を、取る、箱。

『昔、山向こうの家より預かる』『捨てるなと言われる』『戻ると言われる』『燃やすなと言われる』『置いておくしかない』

字が、少し乱れていた。

『女児に先』『次いで家』『話半分としても、試すな』

背筋が冷えた。冗談だと思いたかった。けれど祖父は、迷信を書きとめるような人ではなかった。

私は、棚の家系図を広げた。

墨で書かれた名前の、いくつかの横に、小さな黒い点が打ってあった。祖父の姉が二人。祖父の娘、つまり母の姉が一人。そのほかにも、何人か。点のついた名前は、どれも女の名前だった。生まれた年と亡くなった年が、ほとんど同じだった。

母に姉がいたことは、聞いたことがあった。小さいころに病気で亡くなったのだと。

ノートの最後の数頁だけは、字が丁寧だった。

『これは開くためのものではない』『置くためのもの』『家に置かれた時点で意味を持つ』『終わらせるには、次へ渡すしかないと聞く』

最後の頁に、一行だけ。

『だから渡さない』

その下の日付は、祖父が離れを閉じた年だった。母の姉が亡くなった、翌年だった。

祖父は、箱を保管していたのではなかった。止めていたのだ。誰かに渡せば、自分の家からは離れていく。それを知っていて、祖父は渡さなかった。自分の娘を失ったあとも、何十年も。

ノートを棚に戻そうとしたとき、裏表紙に、折りたたんだ紙が挟まっているのに気づいた。祖父の字だった。

『読む者へ』『もう私の役目は終わる』『もし箱が残っていたら、そのまま閉じろ』『中を知る必要はない』『理由を知れば、次を考える』『次を考えたら終わりだ』

そして、最後に。

『子を取る箱だから、コトリバコという』『決して、家から出すな』

私は離れを閉め、鍵をかけた。親戚には何も言わなかった。

数日後、自宅に戻ってから、母から電話があった。

「離れ、見た?」

「見たよ」

母は少し黙ってから、言った。

「おじいちゃんね、昔、一回だけ言ったことがあるの。自分の代で終わらせるって」

電話を切ったあと、居間で結衣が、ひとりで遊んでいた。いつもの秘密箱を、開けたり閉めたりしている。

その手の中に、見慣れない木片がひとつあった。

小指の先ほどの、黒ずんだ寄木の小片だった。表面に、細かい三角の模様が刻まれていた。結衣の秘密箱の、明るい色の板とは、明らかに違う木だった。古く、乾いて、ところどころが黒く染みていた。

「結衣、それ、どうしたの」

結衣は、うれしそうに笑った。

「おじいちゃんちの、ひみつのばこ。ふたのところ、ちょっとずらしたら、とれたの」

あの日、私が結衣を抱き上げるまでの、ほんのわずかなあいだのことだった。

祖父は何十年も、それを家から出さなかった。

私はそれを、娘のポケットに入れたまま、この家に連れて帰ってきてしまった。

結衣が、小さく咳をした。


この物語のもとになったコトリバコの都市伝説、その起源と真相はこちら。
コトリバコの都市伝説・起源と真相

※この物語はフィクションです。実在の場所や伝承を題材にしていますが、登場人物・出来事はすべて架空のものです。

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