※この物語はフィクションです。
祖父の四十九日が終わったあと、実家の離れを片付けることになった。
山沿いの古い家だった。
母屋の裏に建つ離れは長く使われておらず、子どもの頃から「近づくな」と言われていた場所だった。
理由は知らない。
祖父は厳しい人ではなかったが、その離れだけは例外だった。
誰かが入ろうとすると、必ず止めた。
それだけだった。
葬儀のあと、親戚が集まり、ようやく整理することになった。
埃を払い、戸を開け、古い家具を運び出す。
奥の部屋だけ鍵がかかっていた。
叔父が鍵束から一本選び、無言で開けた。
中は六畳ほどの小部屋だった。
何もない。
ただ、中央に小さな木箱だけが置かれていた。
黒く古びた木箱。
布がかけられている。
飾られているわけでも、保管されているわけでもない。
そこに置かれ続けていた、という印象だった。
誰も近づかない。
叔母が言った。
「これ、どうするの」
叔父は少し考えてから答えた。
「あとにする」
その声が妙に硬かった。
片付けが終わった夕方、気になって聞いた。
「あの箱、何?」
叔父は少し黙っていた。
それから言った。
「祖父さん、何も話してなかったか」
首を振る。
叔父は困ったように笑った。
「なら、知らないままでいい」
そう言って話を切った。
翌日。
離れの整理を一人で続けた。
箱には触らなかった。
代わりに壁際の棚を開けた。
中には帳面が積まれていた。
家計簿。
農作業の記録。
古い家系図。
その一番下に、祖父の字で書かれた大学ノートがあった。
日付は昭和四十年代。
開く。
最初は普通だった。
修繕の記録。
親族の名前。
だが途中から様子が変わる。
文章が短くなる。
日記というより覚書だった。
『離れは閉じる』
『誰にも見せない』
『預かるだけ』
次の頁。
『開けない』
さらに次。
『渡さない』
意味がわからない。
読み進める。
ページの端に、古い言葉を書き写したような文章があった。
『子取り箱』
思わず読み直した。
その下に祖父の字。
『コトリバコ』
そこで初めて気づいた。
音ではなかった。
子を取る箱。
子取り箱。
続きがあった。
『昔、山向こうの家より預かる』
『捨てるなと言われる』
『戻ると言われる』
『燃やすなと言われる』
『置いておくしかない』
さらに次。
字が少し乱れていた。
『女児に先』
『次いで家』
『話半分としても試すな』
背筋が冷えた。
冗談だと思いたかった。
けれど、祖父は迷信を書く人ではない。
帳面は続いていた。
最後の数ページ。
そこだけ文字が丁寧だった。
『これは開くためのものではない』
『置くためのもの』
『家に置かれた時点で意味を持つ』
『終わらせるには次へ渡すしかないと聞く』
そこで文章が止まる。
最後の頁。
たった一行。
『だから渡さない』
その下に日付。
祖父が離れを閉じた年だった。
気づく。
祖父は保管していたんじゃない。
止めていた。
読んでいるうちに外が暗くなっていた。
離れを出ようとした。
そのとき視界の端に箱が入った。
最初からそこにある。
変わらない。
なのに急に、存在感だけが大きくなった。
何十年も。
祖父はここに置いていた。
誰にも渡さず。
誰にも開かせず。
理由も説明せず。
ただ終わらせようとしていた。
帰ろうとした。
大学ノートを棚へ戻す。
そのとき、裏表紙に紙が挟まっていることに気づいた。
折り畳まれた紙。
祖父の字だった。
短い。
『読む者へ』
『もう私の役目は終わる』
『もし箱が残っていたら、そのまま閉じろ』
『中を知る必要はない』
『理由を知れば、次を考える』
『次を考えたら終わりだ』
最後の一文。
『子を取る箱だから、コトリバコという』
『家から出すな』
それだけだった。
離れを閉めた。
鍵をかけた。
親戚には何も言わなかった。
箱の話もしなかった。
ノートも戻した。
数日後。
母から電話が来た。
何気ない話のあと、不意に聞かれた。
「離れ、見た?」
「見たよ」
母は少し黙った。
そして言った。
「おじいちゃんね、昔、一回だけ言ったことあるの」
声が小さかった。
「自分の代で終わらせるって」
意味は聞かなかった。
通話を切る。
夜。
なんとなく思い出した。
祖父の最後の紙。
一つだけ気になっていた。
どうして祖父は、
“開けるな”
じゃなく、
“家から出すな”
と書いたんだろう。
考えた瞬間、嫌な考えが浮かんだ。
もし本当に、終わらせる方法が“渡すこと”なら。
祖父は何十年。
何を我慢して、誰に渡さなかったんだろう。
その答えだけは、もう聞けない。
この物語のベースとなったコトリバコの都市伝説、その起源と真相はこちら。
コトリバコの都市伝説・起源と真相


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