トンカラトンの都市伝説を題材としたショートストーリー

日暮れの杉林の砂利道に立つ、刀を下げた包帯姿の人影 STORY

子どものころ、祖母に教わったことがある。

林の道で、包帯をぐるぐる巻いた人に会ったら、自分からは何も言ってはいけない。「トンカラトンと言え」と言われたら、すぐに「トンカラトン」と言う。言われる前に言っても、言われてから黙っていても、斬られる。

祖母はそれを、お祈りの言葉のように何度も私に言わせた。夏休みに祖母の家へ行くと、最初の晩に必ず、仏間に座らされた。隣には、二つ年上のいとこの健司くんが座っていた。

「言われる前に、言っちゃいけない。言われたら、すぐ言う。わかったね」

健司くんは、いつも途中で笑い出して、祖母に頭をはたかれていた。

大学二年の夏休み、ひとりで祖母の家に向かった。乗り継ぎに手間取って、最後のバスを逃した。次のバスは、一時間後だった。

バス停から祖母の家まで、道路を通れば一時間かかる。林の中の砂利道を抜ければ、半分ですむ。空はもう、橙色から紺色に変わりはじめていた。少し迷ってから、林の道に入った。

この道を通るのは、十年ぶりだった。小学五年の夏、健司くんとここで虫をとって遊んだのが最後だ。その年の夏の終わりに、健司くんはこの林で行方がわからなくなった。それから祖母は、私が林の道を通ることを許さなかった。

もう二十歳だ。子どものころの決まりごとを、いつまでも守っている年でもない。そう自分に言い聞かせた。

林に入ると、音が急に減った。虫の声も、風の音もしなかった。砂利を踏む自分の足音だけが、ざり、ざり、と大きく聞こえた。

その音に、別の音が混じった。

ざり。ざり。

それと一緒に、細い金属が石をこするような、ちり、という音がした。

立ち止まると、後ろの音も止まった。歩き出すと、また聞こえた。ざり、ちり。ざり、ちり。

歩く速さを上げると、後ろの音も速くなった。ゆるめると、ゆるんだ。私の足音に、ぴったりと合わせていた。距離は、少しずつ縮まっていた。

林の出口までは、まだ十五分はかかる。走って逃げきれる距離ではなかった。

振り返ってはいけない、と思った。けれど、振り返らずにいるほうが、もう耐えられなかった。

私は、振り返った。

木と木のあいだに、白いものが立っていた。

人の形をしていた。頭から足の先まで、白い包帯で巻かれていた。顔にも、目のところに細いすきまがあるだけだった。包帯はところどころ茶色く汚れていて、胸と腹のあたりには、黒ずんだしみが大きく広がっていた。

右手に、抜き身の刀を下げていた。刀の先が、砂利の上を引きずられて、ちり、と鳴っていた。

生ぐさいにおいがした。鉄がさびたような、古い血のにおいだった。

足がすくんで、一歩も動けなかった。頭の中で、祖母の声がした。言われる前に、言っちゃいけない。喉の奥まで出かかった言葉を、私は歯を食いしばって押しとどめた。

包帯の人は、一歩、近づいた。包帯の奥から、くぐもった声がした。

「トンカラトンと、言え」

「トンカラトン」

声が裏返った。それでも、祖母に教わったとおりに、すぐに言えた。

包帯の人は、刀を下げたまま、しばらく動かなかった。それから、ゆっくりと向きを変えた。

そのとき、包帯の人の左の手首が見えた。包帯の上から、色あせたミサンガが一本、結んであった。赤と黄色の糸を編んだ、子どもが作ったような、ほどけかけたミサンガだった。

私が作ったものだった。

十年前、小学五年の夏休みに、手芸の本を見ながら、私が初めて編んだミサンガだった。不格好で、編み目もばらばらだった。それでも健司くんは、「切れるまで絶対はずさない」と言って、その場で左の手首に結んでくれた。

その夏の終わりに、健司くんはいなくなった。大人たちが何日も山狩りをしたけれど、靴の片方さえ見つからなかった。

「……健司くん?」

口から、名前がこぼれた。

包帯の人が、止まった。

ゆっくりと、こちらを振り返った。目のところのすきまの奥で、何かが光った。

私は走った。後ろを見ずに、林の出口まで走り続けた。後ろから、足音は追ってこなかった。

祖母の家に着いて、見たものを話した。ミサンガのことも、健司くんの名前を呼んだことも。

祖母の顔から、血の気が引いた。

「名前を、呼んだのかい」

祖母は、私の両肩をつかんだ。

「トンカラトンに斬られた者は、トンカラトンになる。ああなったら、もう、生きてるときの名前で呼んじゃいけないんだよ。名前を呼ばれたら、あれは、呼んだ者を仲間だと思って、迎えに来る」

健司くんが、林の中で何に会ったのか。祖母は、ずっと知っていたのだ。

「健司は、言うのが早すぎたんだろうね。あの子は、いつも先に口が出る子だったから」

祖母はそう言って、顔を両手でおおった。私が林の道を通るのを許さなかった理由を、祖母は十年間、一度も口にしなかった。

その夜は、祖母の部屋で、並んで布団を敷いて寝た。

明け方、左の手首が痛くて、目が覚めた。

手首に、白い包帯が巻かれていた。

自分で巻いた覚えはなかった。祖母は、隣で眠っていた。包帯は手首から肘のほうへ、きつく、何重にも巻かれていた。その下に、細く鋭い痛みが、一本、走っていた。包帯の内側に、赤いものがにじみはじめていた。

包帯をほどこうとして、端を探した。

端が、見つからなかった。

外の砂利道で、音がした。

ざり。ちり。

ざり。ちり。

音は、林のほうから、祖母の家の門に向かって、少しずつ近づいてきている。

包帯は、今も、少しずつ肘から肩のほうへ、巻き上がってきている。


この物語のもとになったトンカラトンの都市伝説、その起源と真相はこちら。
トンカラトンの都市伝説・起源と真相

※この物語はフィクションです。実在の場所や伝承を題材にしていますが、登場人物・出来事はすべて架空のものです。

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