八尺様の都市伝説を題材としたショートストーリー

八尺様の都市伝説 STORY

※この物語はフィクションです。実在の場所を題材にしていますが、登場人物・出来事はすべて架空のものです。

夏休み、健は久しぶりに祖父母の家を訪れていた。

田んぼに囲まれた古い平屋。都会育ちの健にとって、この家に来るのはいつも少し特別な気分だった。虫の声も、井戸端の匂いも、東京のマンションでは決して感じられないものだった。今年は両親の都合がつかず、健一人だけで一週間ほど祖父母の家に預けられることになっていた。

到着した日の午後、健は縁側でスイカを食べながら、庭の生垣の向こうにふと目をやった。

そこに、誰かが立っていた。

異様に背が高い女性だった。頭頂部が、生垣の高さをはるかに超えている。白いワンピースのようなものを着ていて、こちらをじっと見ているように思えた。距離があるせいか、顔の造形ははっきりとは見えない。ただ、その圧倒的な背丈だけが、健の視界に強烈に焼き付いた。

「ぽぽぽ……ぽ、ぽっ、ぽ」

そんな音が、風に乗って聞こえてきた。人の声のようで、人の声ではないような、奇妙な破裂音だった。まるで、口笛とも掛け声ともつかない、不規則なリズムを刻んでいる。

健は思わず、家の奥にいる祖母を呼んだ。

「おばあちゃん、あそこに誰かいるよ」

祖母は縁側に出てきて、健が指差す方向を見た瞬間、みるみる顔色を変えた。すぐさま健の腕を掴んで、家の奥へと引きずり込む。その力の強さに、健は驚いた。いつも穏やかな祖母からは想像もつかない、切羽詰まった動きだった。

「見ちゃいけない子だよ、あれは」

祖父も、いつになく深刻な顔で健の前に座った。囲炉裏端に座り込んだ祖父の表情は、健がこれまで見たことのないものだった。

「八尺様だ。身長が八尺、二メートル四十センチほどもある、この辺りに古くから伝わる怪異だよ」

祖父は静かに説明を続けた。あの化け物に目をつけられた者は、数日のうちに命を落とすか、神隠しに遭ってしまうという。かつてこの集落でも、目をつけられた家族が一人、また一人と姿を消した、という言い伝えが残っているらしい。

「今夜、健はこの家から出てはいけない。今夜だけ、決められた部屋に閉じこもってもらう。盛り塩をした部屋だ。何があっても、絶対に扉を開けちゃいけない」

祖母は台所へ行き、白い皿に山のように塩を盛って戻ってきた。奥の座敷の四隅に、その盛り塩を丁寧に置いていく。健は言われるがまま、その部屋に布団を敷いてもらい、日が暮れるのを待った。

夕食の間も、祖父母はほとんど口をきかなかった。健も、何を聞いていいのか分からず、ただ黙って箸を進めるしかなかった。窓の外はすでに、田んぼの向こうまで暗闇に沈んでいた。

その夜、健は祖父母の指示通り、盛り塩の置かれた奥の部屋に一人で閉じ込められた。窓には板が打ち付けられ、外の様子は一切わからない。豆電球だけが灯る薄暗い部屋の中、健は布団に潜り込んで、ただ時間が過ぎるのを待った。

夜が更けるにつれて、家の外から物音が聞こえ始めた。

コツ、コツ、と何かが窓を叩く音。そして、あの「ぽぽぽ」という奇妙な破裂音が、家の周りをぐるぐると回っているかのように響いていた。時折、その音は近づき、時折、遠ざかっていく。まるで、家全体を品定めするかのように、ゆっくりと巡っているようだった。

健は布団を頭からかぶり、必死に耳を塞いだ。それでも、あの音は容赦なく耳の奥に入り込んでくる。心臓の音が、自分でもわかるほど大きく響いていた。

深夜、ふと物音が扉のすぐ外で止まった。

「健」

祖母の声だった。

「開けておくれ、具合が悪いんだよ」

健は一瞬、手を扉にかけそうになった。祖母に何かあったのかもしれない。そう思うと、いてもたってもいられなくなった。だが、扉に手をかける寸前、何かがおかしいと気づいた。声のイントネーションが、祖母のものとは微妙に違う。抑揚が、どこか平坦すぎる。まるで、録音した声を機械的に再生しているかのような、違和感があった。

健は歯を食いしばって、扉から手を離した。布団の中で身を丸め、必死に自分に言い聞かせた。祖父が言っていた。何があっても、絶対に開けてはいけない、と。

「開けなさい、健」

声は何度も繰り返された。時には祖母の声で、時には聞いたこともない子供の声で。健はただ、布団の中で震えながら、朝が来るのをひたすら待ち続けた。時間の感覚が、次第に曖昧になっていく。

夜明け前、ようやくすべての音が止んだ。健は、その静けさの中で、いつの間にか浅い眠りに落ちていたらしい。

朝、健が恐る恐る扉を開けると、祖父母が心配そうな顔で立っていた。祖母は、昨夜は一度もこの部屋の前に来ていないと言った。健の話を聞いた祖父は、ただ静かに頷いて、「よく耐えたな」とだけ言った。

健は今でも、あの夜のことを誰にも詳しくは話していない。ただ、田舎の家に招かれるたびに、生垣の向こうを見ないよう、無意識に目を逸らしてしまう自分がいる。

もしあなたが今夜、誰かの声で名前を呼ばれ、扉を開けるよう頼まれたなら。それが本当に、その人の声だと言い切れるだろうか。


この都市伝説の起源や、なぜ今も現代人の間で語り継がれているのか気になった方は、解説記事もあわせてご覧ください。

八尺様の都市伝説・起源と真相


※この物語はフィクションです。

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