コックリさんの都市伝説を題材としたショートストーリー

コックリさんの都市伝説・起源と真相|明治時代に日本へ渡った西洋の交霊術の正体 STORY

※この物語はフィクションです。実在の場所を題材にしていますが、登場人物・出来事はすべて架空のものです。

放課後の教室には、もう誰もいなくなっているはずだった。窓の外はすでに橙色に染まりはじめ、埃っぽい光の筋が机の間を斜めに切り取っている。美咲は黒板消しを片手に持ったまま、後ろの席から聞こえてくる紙のこすれる音に気づいて振り返った。

「ちょっと、何してるの」

机を三つくっつけて、その真ん中に一枚の紙が広げられている。五十音とひらがなの「はい」「いいえ」、そして紙の端に小さく描かれた鳥居の絵。中心には十円玉が一枚、静かに置かれていた。紙を広げていたのは、同じクラスの怜と、その隣に座る七海だった。

「コックリさんだよ。知らないの?」怜が笑いながら言う。「ネットで見つけたやり方、そのままやってるだけ」

「やめときなよ、そういうの」

美咲はそう言いながらも、結局その場を離れなかった。好奇心が、不安を上回っていたからだ。美咲自身、小学生の頃に噂を聞いたことはあったが、実際にやっている人を見るのは初めてだった。都市伝説というより、もっと身近な、悪戯めいた遊びだと思っていた。

「本当に動くの?」美咲は半信半疑のまま尋ねた。

「動くよ。去年、隣のクラスの子がやって、次の日転校の話が来たって噂もあるし」七海が声を潜めて言う。「まあ、たまたまだと思うけど」

三人は机を囲むように座り、それぞれ人差し指を十円玉にそっと添えた。七海が小さく咳払いをして、紙に書かれた文言を読み上げる。

「コックリさん、コックリさん、どうぞおいでください」

三回繰り返す間、教室の空気が変わったような気がした。遠くで吹奏楽部の音が聞こえていたはずなのに、いつの間にか静かになっている。美咲は自分の指先だけを見つめていた。硬貨は動かない。当然だ、こんなの誰かがふざけて動かしているだけの遊びに決まっている——そう思った瞬間、指の下で硬貨が、かたん、と小さな音を立てて動いた。

「え」

七海の声が裏返った。硬貨はゆっくりと、しかし確実に「はい」の文字へと滑っていく。誰も押していない。少なくとも美咲は、自分の指に力を入れた覚えはなかった。怜と七海の顔を見ても、どちらも本気で驚いている様子だった。誰かがふざけて押しているようには見えない。

「聞いてみようよ」怜が興奮した様子で言う。「私たち三人の中で、一番早く彼氏ができるのは誰?」

くだらない質問だったが、硬貨は迷うことなく動いた。七海の名前が書かれた欄の方へ。三人は笑い合った。緊張がほぐれて、それからいくつか質問を重ねた。次のテストの点数、部活の大会の結果。硬貨はそのたびに、何かに導かれるように滑っていった。美咲は次第に、これはただの偶然や無意識の力なのだと自分に言い聞かせるようになっていた。指に力を入れているつもりはなくても、三人分の微妙な力が積み重なれば、硬貨くらい動くだろう——そう考えると、少しだけ気が楽になった。

「じゃあ、最後に聞きたいことある?」七海が窓の外を見ながら言った。西日はもうほとんど沈みかけている。

「私たちの中で、一番早く死ぬのは誰?」

怜がふざけた調子で言った言葉に、教室の空気が一瞬で凍りついた。美咲は「やめなよ」と言おうとしたが、その前に硬貨が動き出していた。ゆっくりと、迷うことなく、ある一点へと向かっていく。それは、五十音の文字ではなく、紙の隅に描かれた小さな鳥居の絵の方だった。

「これ、どういう意味?」

誰も答えられなかった。ただ、美咲の背筋を、冷たいものがすっと通り抜けていった。

日が完全に沈みかけた頃、七海が「そろそろ帰らないと」と言い出した。美咲もほっとして、指を離そうとした。

「待って」怜が止めた。「ちゃんと帰ってもらわないと、まずいんじゃなかったっけ」

美咲はその時初めて、終わらせ方を誰も確認していないことに気づいた。慌ててスマートフォンで検索し、震える声で読み上げる。

「コックリさん、お帰りください」

三回唱えると、硬貨はゆっくりと鳥居の絵の方へと動き出した。あと少し、鳥居の絵の真上まで戻れば終わる。美咲はそう思いながら、硬貨の動きを目で追っていた。

その時、廊下から足音が聞こえた。

「誰か来る」七海が小声で言う。三人は反射的に手を止め、顔を見合わせた。足音は近づき、そして教室の前で、ぴたりと止まった。引き戸のガラス越しに、誰かの影が映っている。動かない。じっとこちらを見ているような気配だけがあった。

「先生かな」

怜がそう言って立ち上がり、引き戸に手をかけた。開けると、そこには誰もいなかった。廊下の左右を見渡しても、人影ひとつない。ただ、夕暮れの廊下が、いつもよりずっと長く、暗く伸びているように見えた。

「気のせいだよ、きっと」

三人は笑って誤魔化したが、机の上を見た瞬間、笑い声は止まった。十円玉が、鳥居の絵から少しずれた位置にあったのだ。誰も触れていないはずなのに。

「ちゃんと終わらせよう」

美咲は震える指をもう一度硬貨に添え、「お帰りください」ともう一度唱えた。硬貨は今度こそ鳥居の絵の真上で止まった。三人はほっと息をつき、逃げるように教室を後にした。

それから数日、七海の様子がおかしいことに美咲は気づいた。休み時間になると、七海はぼんやりと窓の外を見つめていることが増えた。話しかけても、返事が一拍遅れる。給食の時間も、以前ならよく喋っていたのに、今は黙って箸を動かすだけだった。怜も同じことに気づいていたようで、ある昼休み、二人でこっそり相談することになった。

「七海、最近変じゃない?」怜が声を潜めて言う。「あの日から、ずっとあんな感じな気がする」

「私も気になってた」美咲は頷いた。「でも、本人に聞くのも怖くて」

放課後、美咲は思い切って七海に声をかけた。

「最近、大丈夫?」

七海はしばらく黙ってから、ぽつりと言った。

「あの日から、誰かに見られてる気がするの。教室でも、家でも。夜、部屋で勉強してると、机の後ろに誰かが立ってる気配がして、振り返ると誰もいない。でも、振り返る前は、確かに何かがそこにいる感じがするの」

美咲は背筋が冷たくなるのを感じながら、あの日、教室の引き戸に映っていた影のことを思い出していた。あの時、たしかに硬貨は鳥居の絵まで戻った。三回唱えて、正しい位置で止まったはずだ。それなのに、なぜ七海だけがこんな目に遭っているのだろう。

「もしかして」美咲は恐る恐る聞いた。「最後の質問のこと、覚えてる?」

七海は一瞬、表情を強張らせた。「一番早く死ぬのは誰か、っていう質問?」

「うん。あのあと、鳥居の絵の方に硬貨が動いたよね。あれ、もしかして――」

美咲はそこまで言って、続きを口にすることができなかった。七海も、それ以上何も言わなかった。ただ、二人の間に流れる沈黙が、答えを語っているようだった。

三人であの日以来、コックリさんの話を口にすることはなかった。誰も、あの終わらせ方が本当に正しかったのか、確かめる勇気がなかったからだ。硬貨は確かに鳥居の絵の上で止まった。けれど、あの直前に廊下に立っていた誰かの影は、いったい何だったのか。教室に戻ってきたのは、本当に「コックリさん」だけだったのか。それとも、あの影ごと呼び込んでしまったのではないか——考え始めると、止まらなくなる。

七海は今も、時々ふと窓の外を見つめて動きを止めることがある。美咲は、そのたびに聞きたくなる。「あの時、本当にちゃんと帰したのかな」と。けれど聞けば、答えが返ってきてしまう気がして、今日もまだ聞けずにいる。

卒業を間近に控えたある日、美咲は偶然、あの時使った紙が、教室の掃除用具入れの奥から見つかったという話を耳にした。誰が仕舞ったのかは分からない。ただ、その紙の鳥居の絵の部分だけが、なぜか赤茶けたシミのように変色していたという。それが本当にただの経年劣化なのか、それとも別の何かの跡なのか、確かめた者は誰もいない。


この都市伝説の起源や真相が気になった方は、解説記事もあわせてご覧ください。

コックリさんの都市伝説・起源と真相


※この物語はフィクションです。

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