記憶にない同居人の都市伝説を題材としたショートストーリー

色あせた古い家族写真。両親と子どもたちが写っている STORY

写真を撮られるとき、隣に誰も立っていないことを確かめてから笑うようになった。

結婚が決まって、実家の荷物を整理していたときのことだ。押し入れの奥から、古いアルバムが何冊も出てきた。

「懐かしいでしょう」

母がそう言って、一冊を開いた。

生まれたばかりの私。七五三の私。小学校の入学式の私。

どの写真にも、私の隣に、知らない男の子が写っていた。

私より二つほど年上に見えた。短く刈った髪に、左目の下に小さなほくろがある。一枚だけではなかった。ページをめくっても、めくっても、その子は私の隣にいた。

「この子、誰?」

母は、きょとんとした顔をした。

「お兄ちゃんじゃない。翔太よ」

私に、兄はいない。少なくとも、私の記憶の中には、一人もいない。

母は笑い出した。父を呼んだ。父も写真を見て、懐かしそうに目を細めた。

「よく一緒に遊んでたじゃないか。お前、翔太のあとばかりついて歩いてた」

翔太は、私が八歳の夏に、川で溺れて死んだのだという。十歳だった。

私は、その名前を一度も聞いた覚えがなかった。葬式の記憶もない。仏壇に、その子の写真はなかった。

「つらすぎて、写真を飾れなかったのよ」と母は言った。

翌週、役所で戸籍を取り寄せた。父と母の欄の下に、私より先に、その名前が書かれていた。生まれた日と、死んだ日も。

本当に、いたのだ。家族の中で、私だけが覚えていない。

もう一度アルバムを見返して、気づいたことがある。

写真の中の家族は、みんな笑っている。父も、母も、私も。

翔太だけが、一枚も笑っていなかった。

どの写真でも、体を少しだけ私のほうへ向けて、私の顔をじっと見ていた。カメラではなく、私を。

誰かに話を聞きたくて、母方の祖母を訪ねた。祖母は九十近くになり、山あいの古い家にひとりで住んでいる。

アルバムの話をすると、祖母は長いあいだ黙っていた。それから、仏間の箪笥の奥から、一枚の写真を出してきた。

古い家族写真だった。色はすっかりあせて、茶色くなっていた。

木造の家の窓の前に、大人が三人いた。後ろに若い女の人と、背広の男の人。真ん中に、ブラウスを着た女の人が座っている。その前に、おかっぱの小さな女の子が、歯を見せて笑っていた。

その隣に、男の子が一人。

男の子だけが、笑っていなかった。体を少しだけ女の子のほうへ向けて、まっすぐ前を見ていた。

左目の下に、小さなほくろがあった。

翔太と、同じ顔だった。似ているのではない。同じ顔だった。

「この女の子が、私」

祖母は言った。

「隣にいるのは、兄の正一。十の年に、川で死んだ」

祖母は、写真の上で指を止めた。

「でもね。私は、兄のことを何ひとつ覚えていないの。両親は死ぬまで兄の話をしていたのに、私だけ」

祖母の母親、私の曾祖母は、亡くなる少し前に、祖母にこう言ったという。

「あの子は、ほんとうは、うちの子じゃなかった」

気がついたら、家にいた。家族みんなが、最初から家にいた子だと思っていた。おかしいと気づいたのは、あの子が死んで、何年もたってからだった。

「あれは、家につくんじゃない。女の子につくんだよ」

祖母は、私の手を握った。驚くほど冷たい手だった。

「私の隣にいたあれが、次は、あんたの隣に来た。あんたが八つのときに、また、いなくなった。だから、気をつけなさい。あんたに、子どもができたら」

その祖母が亡くなったのは、去年の春だった。

私は、いま妊娠七か月になる。先月の健診で、女の子だと言われた。

夫と二人で、マンションの一部屋を子ども部屋にした。小さなベッドを置いて、壁紙を貼りかえた。

ここ数週間、家の中で、おかしなことが続いている。

洗いかごに、私も夫も使っていない、小さなプラスチックのコップが伏せてある。玄関に、子ども用のスニーカーが一足、そろえて置いてある。男の子が履くような、青いスニーカーだった。

夫に聞いても、「ああ、それね」と言うだけで、話が続かない。

昨夜、夕飯の片づけをしていると、夫が言った。

「翔太、もう寝た?」

手から、皿が落ちた。

私たちに、子どもはまだいない。お腹の子が、最初の子だ。

夫は、不思議そうに私を見た。それから、廊下の先の子ども部屋を指さした。

「お前、さっき寝かしつけてたじゃないか」

子ども部屋の戸が、細く開いていた。

その隙間の暗がりに、誰かが立っていた。私より、ずっと低い背丈だった。

左目の下に、小さなほくろがあった。

その子は、笑っていなかった。体を少しだけ、私のお腹のほうへ向けていた。


この物語のもとになった「記憶にない同居人」の都市伝説、その起源と真相はこちら。
記憶にない同居人の都市伝説・起源と真相

※この物語はフィクションです。実在の場所や伝承を題材にしていますが、登場人物・出来事はすべて架空のものです。

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