赤いクレヨンの都市伝説を題材としたショートストーリー

赤いクレヨンの都市伝説・起源と真相|創作と判明した珍しい怪談の正体 STORY

※この物語はフィクションです。実在の場所を題材にしていますが、登場人物・出来事はすべて架空のものです。

「本当に、ここでいいの?」

不動産会社の担当者が差し出した書類を見ながら、夫の智也が念を押すように尋ねた。担当者は少し困ったような笑みを浮かべながら答えた。

「築15年ですが、リフォーム済みで内装はほぼ新築同然です。この価格でこの立地は、正直かなりお得だと思いますよ」

妻の由美は、すでにこの家に心を奪われていた。広いリビング、日当たりの良い庭、駅からも近い。相場よりずっと安いのは気になったが、担当者の説明によれば、以前の住人が事情があって早く手放したかっただけだという。二人は迷うことなく契約を決めた。二人でこれまで貯めてきた頭金では、本来ならもう少し狭い部屋しか手が届かないはずだった。それがこれほど条件の良い一軒家に住めるとあって、由美は舞い上がるような気持ちだった。

「ずっと欲しかった家だもんね」

引っ越しを終えたその夜、由美は智也と二人で乾杯をした。結婚して五年、ようやく手に入れたマイホームだった。子供はまだいなかったが、いずれはこの家で家族を増やしていきたいと、二人で話していた。庭には家庭菜園用のスペースもあり、由美は休日に何を植えようかと、パンフレットを眺めながら考えを巡らせていた。

新生活は順調に始まった。近所の人たちも親切で、引っ越しの挨拶に伺った際には、歓迎の言葉をかけてもらえた。ただ、前の住人について尋ねると、誰もが少し言葉を濁すのが気になった。「静かなご家族だったと思いますよ」とだけ答える人がほとんどで、それ以上の詳しい話を聞かせてくれる人はいなかった。

だが引っ越しから一週間ほど経ったある朝、由美は廊下の隅に何かが落ちているのに気づいた。拾い上げてみると、それは短くなった赤いクレヨンだった。

「智也、これ、あなたの?」

「知らないよ、そんなの。うちに子供いないだろ」

二人で顔を見合わせたが、特に気にすることもなく、由美はそのクレヨンをゴミ箱に捨てた。前の住人が忘れていったものだろう、そう納得することにした。

ところが、それから数日後、また同じ場所に赤いクレヨンが落ちていた。捨てたはずのものと似たような、いや、明らかに同じ長さの、同じ色のクレヨンだった。

「変だね」由美は声をひそめて言った。「誰か入ってきてるとか、ないよね」

智也は玄関や窓の鍵を一通り確認したが、こじ開けられた形跡はどこにもなかった。防犯カメラを設置しようかという話も出たが、その日はそのまま結論を先延ばしにした。

その夜、由美は眠れずにいた。隣で智也は静かな寝息を立てている。由美はふと、廊下の方から微かな音が聞こえた気がして目を覚ました。かさかさ、と何かが擦れるような音。息を潜めて耳を澄ますと、その音は確かに廊下の奥、リビングに続く曲がり角のあたりから聞こえてくる。時計を見ると、深夜の2時を少し過ぎたところだった。

由美は勇気を振り絞って布団を出た。廊下の明かりをつけると、そこには何もなかった。ただ、床には先ほど拾ったばかりのクレヨンが、また同じ場所に落ちている。心臓が早鐘のように打つのを感じながら、由美は震える手でそれを拾い上げ、今度は捨てずに、机の引き出しの奥にしまい込んだ。

翌朝、由美はどうしても気になって、家の中をくまなく調べてみることにした。廊下の突き当たり、収納スペースのはずの場所を確認していると、あることに気づいた。間取り図によれば、この位置には収納があるはずだった。しかし壁を叩いてみると、他の場所とは明らかに違う、こもったような音がする。まるで、内側に空洞があるかのような。

由美は不動産購入時にもらった間取り図をもう一度取り出し、廊下の寸法を測り直してみた。図面上の収納スペースの奥行きと、実際に測った壁までの距離には、明らかな差があった。誰かが意図的に、この空間を隠すように壁を作り替えたとしか思えなかった。

「智也、ちょっと来て」

由美は智也を呼び、二人で壁を注意深く調べ始めた。壁紙の継ぎ目に不自然な段差があることに気づき、恐る恐るその部分を剥がしてみると、下から現れたのは、太い釘で何箇所も打ち付けられた木の板だった。

「これ……入り口みたいなものじゃないか」

智也の声も震えていた。二人はしばらく迷ったが、このまま放置しておく方が気味が悪いと考え、工具を使って板を外すことにした。何本もの釘を抜き、板を取り除くと、そこには大人一人がやっと通れるほどの、小さな入り口が現れた。

懐中電灯を手に、智也が先に中へ入った。由美もその後に続く。中は畳一畳ほどの狭い空間で、壁一面が、赤く塗られていた。いや、塗られていたというより、何か別のもので変色しているようにも見えた。床には何も残されておらず、ただ、部屋の隅に一本の赤いクレヨンが転がっているだけだった。

「これって……」

由美は声を失った。この部屋が、何のために作られたものなのか。なぜ壁がこんな色をしているのか。誰がこの空間を、板で塞いでまで隠そうとしていたのか。考えれば考えるほど、答えのない疑問だけが積み重なっていく。二人はそれ以上、何も言葉を交わせなかった。智也は懐中電灯で部屋の隅々を照らしたが、それ以外に手がかりになりそうなものは何も見つからなかった。ただ、空気だけが、他の部屋とは明らかに違う重さを持っているように感じられた。

その日のうちに、二人は不動産会社に連絡を入れた。担当者は驚いた様子で話を聞いていたが、この家の詳しい過去の記録については、会社としても把握していないと繰り返すばかりだった。

「以前の持ち主の方にも確認してみますが……ただ、あまり多くを語りたがらない方だったので」

その言葉が、かえって由美の不安を煽った。近所の人たちが前の住人について言葉を濁していたことも、今になって腑に落ちるような気がした。もしかしたら、みんな何かを知っていて、あえて話さないようにしていたのではないか。そう考え始めると、この家に住み続けることが急に恐ろしく思えてきた。

二人は結局、専門の業者に依頼してその隠し部屋を完全に塞ぎ直すことにした。業者は特に驚いた様子もなく、淡々と作業を進めていった。板を打ち直し、壁紙を貼り替え、二度と目にすることのないようにした。作業を終えた業者は、由美たちに向かってこう言った。

「こういう古い家だと、たまにこういうことがあるんですよ。前の持ち主が何を考えて塞いだのかは分かりませんけど、気にしすぎない方がいいと思います」

その言葉に、由美は少しだけ救われた気がした。それでも、あの部屋の壁の赤さは、簡単に忘れられるものではなかった。

それ以来、廊下に赤いクレヨンが落ちることはなくなった。二人は少しずつ、この家での暮らしに慣れていった。それでも由美は今も、夜中にふと目を覚ますことがある。廊下の奥、かつて隠し部屋があった場所の方角から、かすかに何かが擦れるような音が聞こえる気がして。気のせいだと自分に言い聞かせながらも、由美はその方向を、決して見ないようにしている。

数ヶ月後、由美は妊娠が分かった。喜びと同時に、由美の頭にはあの部屋のことがよぎった。もし自分たちの子供が、いつかあの場所に何かを感じ取ってしまったら——そんな考えを振り払うように、由美は静かに、まだ膨らんでいないお腹にそっと手を当てた。


この都市伝説の起源や真相が気になった方は、解説記事もあわせてご覧ください。

赤いクレヨンの都市伝説・起源と真相


※この物語はフィクションです。

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