トンカラトン
※この物語はフィクションです。
「バス、行っちゃったね」
時刻表を見て、私はため息をついた。
次は一時間後。
祖母の家までは、歩いて行けない距離じゃない。
ただし、林の中の小道を使えばの話だ。
「近道、通ろうかな」
誰にともなく呟いた。
空は、もう橙色から紺色に変わりかけていた。
林道に入ると、急に音が減った。
虫の声も。
風の音も。
自分の足音だけが、やけに大きい。
砂利を踏む音。
ザリ、ザリ。
その音に、別の音が混じった。
ザリ。
ザリ、ザリ。
私は足を止めた。
音も止まった。
気のせいだ。
そう思って、また歩き出す。
ザリ、ザリ。
後ろから、確かに聞こえる。
振り返った。
白い塊が、木々の間に立っていた。
人の形をしている。
全身、包帯。
顔も。
手も。
すべて白い布に包まれている。
背中には、何か細長いものを背負っていた。
刀だと気づくまで、数秒かかった。
逃げようとした足が、動かなかった。
白い姿が、一歩、近づいた。
そして、くぐもった声で言った。
「トンカラトン」
何も出てこなかった。
祖母が何か言っていた気がする。
子供の頃。
けれど、思い出せない。
白い姿の手が、背中の刀にかかった。
「……トンカラトン」
気づけば、同じ言葉を返していた。
手が止まった。
しばらく、動かない。
やがて、白い姿は背を向けて、木々の奥へ消えていった。
私はその場に座り込んだ。
立ち上がれたのは、数分後だった。
祖母の家に着くと、事情を話した。
祖母は驚かなかった。
「同じ言葉を返せば大丈夫って、この辺じゃ言うのよ」
「知ってたなら先に――」
「まさか会うとは思わなかったから」
祖母は静かに笑った。
その笑い方が、少し引っかかった。
翌年の夏。
私はまた同じ道を通った。
今度は昼間だった。
怖くはなかった。
あの日の記憶も、少しずつ薄れていた。
祖母の家に着くと、居間に見知らぬ写真立てが増えていた。
白黒の、古い写真。
着物姿の女性が写っている。
「これ、誰?」
祖母に聞いた。
祖母は写真を見て、首をかしげた。
「さあ。うちにこんな写真あったかしら」
その夜、写真の女性の夢を見た。
夢の中で、女性は林道に立っていた。
全身、包帯を巻かれて。
そして、私に向かって、くぐもった声で言った。
「トンカラトン」
私は答えられなかった。
夢の中の私は、言葉が出てこないまま、白い手が伸びてくるのを見ていた。
目が覚めたとき、枕元に、あの写真立てが置かれていた。
祖母の家に、持ってきた覚えはない。
写真の女性の顔は、いつの間にか包帯で覆われていた。
誰が、何のために。
今も、わからないままだ。
ただ、あの日から私は、一人で夜道を歩くとき、無意識にこう呟いてしまう。
「トンカラトン」
もし、あなたがその言葉を誰かにかけられたら――同じ言葉を、返せるだろうか。
この物語のベースとなったトンカラトンの都市伝説・起源と真相、その起源と真相はこちら。
トンカラトンの都市伝説・起源と真相|正しく答えねば斬られる、包帯の怪異の正体

