天狗岩の都市伝説を題材としたショートストーリー

夜の山中、フラッシュに照らされた崖の上の平たい岩と「天狗ノ腰掛岩 座ルベカラズ」の立て札 STORY

登山道の途中、崖に張り出すように、平たい大きな岩があった。

脇に立つ古い木の札には、かすれた字で「天狗ノ腰掛岩 座ルベカラズ」と書いてあった。

「一人で座ると祟られるんだって。でも、みんなで座れば怖くないって」

言い出したのは沙也加だった。大学のサークルの四人で、秋の低い山に登った日のことだ。運転してきたのは拓海で、航は朝から「天狗が出たら写真撮ってやる」と笑っていた。

岩は、大人が四人、肩を寄せればちょうど並んで座れる長さだった。まるで、四人で座るために平らにならしてあるようだった。

正直に言えば、私は座りたくなかった。でも、ここで一人だけ断れば、それこそ空気が冷える。拓海がスマホをタイマーにして岩の前の切り株に置き、私たちは左から拓海、沙也加、航、私の順に並んで座った。

岩は、日が当たっているのに、氷のように冷たかった。ジーンズ越しに、その冷たさが腰からじわじわと上がってきた。背中のすぐ後ろは崖で、首だけ振り向くと、ずっと下に、谷の杉のてっぺんが並んでいるのが見えた。

シャッターが切れたとき、谷のほうから、強い風が一度だけ吹き上げてきた。風の音に混じって、谷の底で、誰かが大声で笑ったような音がした。四人とも、聞こえないふりをした。

その写真を、拓海がサークルの四人のグループLINEに送った。四人とも、よく笑っていた。

その夜、十一時すぎに、拓海から一言だけ届いた。

「熱出た。三十九度」

「祟りじゃん」「天狗こわ」とみんなでからかった。拓海も「明日には治る」と返して、話はそれで終わった。

午前二時十三分。通知の音で目が覚めた。

拓海が、写真を一枚送ってきていた。フラッシュで白く照らされた、平たい岩。昼間、私たちが座った、あの岩だった。

「なんで俺ここにいるの」

「布団で寝てたのに」

「靴はいてない」

グループLINEが一気に騒がしくなった。沙也加が「冗談でしょ」「やめてよ」と立て続けに送り、航が電話をかけた。拓海は出なかった。私は、拓海が送ってきた写真を拡大した。岩の手前に、白い足が二本写っていた。泥だらけで、指の先が、赤黒く濡れていた。

それきり、拓海からは何も届かなかった。

拓海が見つかったのは、次の日の昼だった。あの岩の真下の、崖の底だった。

拓海の家から、あの山の登山口までは、車で一時間かかる。拓海の母親によると、拓海は裸足だった。足の裏は、皮がほとんど残っていなかった。爪が全部はがれて、足の指は、骨が見えるほど、すり減っていた。夜じゅう、裸足で山道を歩き続けたとしか思えない足だった。

その夜、沙也加が高い熱を出した。

「順番なんだよ」

航が、グループLINEにあの写真を貼り直した。左から、拓海、沙也加、航、私。

「一人で座ったら祟られる、じゃなかったんだよ。座ったやつが、一人ずつ、なんだよ」

私も航も、その日の夕方から、熱が下がらなくなっていた。

沙也加は実家で、家族に部屋の前で寝てもらった。それでも、朝には部屋からいなくなっていた。窓が内側から開いていて、布団の横に、スリッパがそろえて置いてあった。家族は誰も、物音を聞いていなかった。ただ、夜中に一度だけ、家が揺れるほどの強い風が吹いたという。

沙也加は、今も見つかっていない。

三日目の朝、私と航は、あの岩に謝りに行った。日本酒を一本と、塩を持って。

岩の上には、黒いしみが二つ、ついていた。

ちょうど、人が腰を下ろした形のしみだった。左の端と、その隣。拓海と沙也加が座っていた場所だった。しみは、岩の中から水がしみ出してくるように、まだ湿っていた。

航は岩の前に酒をまいて、塩を盛って、何度も頭を下げた。私も、手を合わせて謝った。そのあいだずっと、背中のほうの杉林の中から、誰かに見下ろされている気がしていた。振り返っても、誰もいなかった。帰りの車の中で、航は一言もしゃべらなかった。

その夜、航は「寝なければいい」と言った。私たちは、駅前の二十四時間営業のファミレスで、明るい席に向かい合って座った。航は、ブラックのコーヒーを何杯もおかわりした。

午前二時すぎ、航がトイレに立った。

航は、戻ってこなかった。

トイレには誰もいなかった。店の裏口の扉が、開いたまま、風でばたばたと鳴っていた。

明け方、グループLINEに、航のアカウントから写真が一枚届いた。

フラッシュで白く照らされた、あの岩だった。

岩の上に、三人が並んで座っていた。左から、拓海、沙也加、航。三人とも、あの日と同じ服で、あの日と同じ笑い方をしていた。三人とも、裸足だった。

右の端の席だけが、空いていた。

写真の下に、一言だけ届いた。

「あとひとり」

あれから、私は眠るのが怖い。熱は、今も下がらない。

三人は、一晩で連れていかれた。私だけは、なぜか、一晩に少しずつだ。

最初の夜は、布団の上に座った姿勢で、目が覚めた。

次の夜は、廊下で目が覚めた。

ゆうべは、玄関で目が覚めた。私は裸足のまま、玄関のドアの鍵を開けようとしていた。

今夜は、たぶん、ドアの外で目が覚める。

目を閉じると、谷から吹き上げてくる、あの風の音が聞こえる。その奥で、誰かが笑っている。

岩の右の端は、まだ、空いている。


この物語のもとになった天狗岩の言い伝え、その由来と真相はこちら。
天狗岩(天狗の腰掛け岩)の都市伝説・起源と真相

※この物語はフィクションです。実在の場所や伝承を題材にしていますが、登場人物・出来事はすべて架空のものです。

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