猿夢の都市伝説を題材としたショートストーリー

猿夢の都市伝説 STORY

※この物語はフィクションです。実在の場所を題材にしていますが、登場人物・出来事はすべて架空のものです。

その夜、優斗はレポートの提出に追われて、明け方近くまでパソコンに向かっていた。目を閉じたのは、空が白み始める少し前だったと思う。

気がつくと、優斗は見知らぬ電車の座席に座っていた。

車内は薄暗く、天井の蛍光灯が時折点滅している。窓の外は真っ暗で、何も見えない。走行音だけが、規則正しく車体を揺らしている。向かいの座席には、他の乗客たちが俯いたまま座っていた。スーツ姿の男性、制服を着た女子高生らしき人物、老人らしき影。誰も口をきかない。誰も顔を上げない。

夢だ、と優斗はすぐに気づいた。こういう夢は、前にも何度か見たことがある気がする。だが、いつもとどこか違う。妙に生々しい。座席の硬さも、車両の揺れも、窓ガラスのひんやりとした感触も、はっきりと感じられる。

優斗は、自分がどこへ向かっているのか分からないまま、ただ座席に座り続けていた。降りようにも、次の駅がどこなのかも分からない。

「次は――薬指、薬指――」

車内アナウンスが響いた。若い女性の声のようだが、どこか不自然に平坦で、感情がこもっていない。まるで、感情という機能そのものが最初から存在しないかのような声だった。

薬指、という駅名に、優斗は違和感を覚えた。人間の身体の一部のような名前。聞き間違いだろうか。だが、車内の電光掲示板にも、確かに「薬指」という二文字が表示されていた。

電車が減速し、ホームに滑り込む。窓の外、蛍光灯に照らされたホームに、優斗の隣に座っていた老人が、ふらふらと立ち上がって降りていくのが見えた。老人がホームに足をつけた瞬間、優斗は思わず視線を下げた。何も見なかった、と自分に言い聞かせた。

ドアが閉まる。電車が再び走り出す。

車内の誰も、今起きたことに反応しない。まるで、それが当たり前であるかのように、皆じっと俯いたままだ。優斗の心臓だけが、異常な速さで脈打っていた。

「次は――手首、手首――」

またアナウンスが流れる。優斗の全身から、血の気が引いた。

今度は、少し離れた席にいた女子高生らしき乗客が立ち上がった。彼女はふらふらとドアの方へ歩いていく。優斗は彼女の顔を見ようとしたが、俯いたままの表情はよく見えなかった。ただ、その足取りが、まるで操られているかのようにぎこちないことだけが分かった。

電車が停まる。ドアが開く。女子高生がホームへ降りる。

優斗は今度こそ、目を逸らすことができなかった。ホームの明かりの中で、彼女がゆっくりと振り返る。その先に何があったのか、優斗の記憶は、そこだけがぼんやりと霞んでいる。ただ、悲鳴を上げそうになった自分の口を、両手で必死に塞いだことだけは覚えている。

ドアが閉まる。電車が再び動き出す。優斗の座席の周りには、もう数えるほどしか乗客が残っていなかった。

「次は――目玉、目玉――」

優斗の身体が、大きく震えた。もう、次は自分の番かもしれない。そんな確信に近い予感が、全身を駆け巡った。

優斗は座席から立ち上がろうとした。だが、身体が思うように動かない。まるで、見えない力で座席に縫い付けられているかのようだった。腕を動かそうとしても、指先すら震えるだけで、力が入らない。

窓の外の景色が、ぐにゃりと歪み始めた。アナウンスの声が、耳の奥で反響する。優斗は必死に、目を覚まそうとした。夢だ、これは夢だ、目を覚ませば終わる――そう自分に何度も言い聞かせた。

「次は――」

アナウンスが、また新しい駅名を告げようとしている。優斗の名前を、そのまま読み上げるのではないかという、確信に近い恐怖が押し寄せてきた。

そこで、優斗は跳ね起きた。

自分の部屋のベッドの上だった。全身が汗でびっしょりと濡れている。心臓が、まだ激しく脈打っていた。カーテンの隙間から差し込む朝の光が、いつもより眩しく感じられた。

しばらくの間、優斗は動けなかった。夢だ。ただの夢だ。そう自分に言い聞かせても、耳の奥にはまだ、あの平坦なアナウンスの声が残っていた。

その夜以来、優斗は電車に乗るのが少し怖くなった。ホームでアナウンスが流れるたびに、聞き覚えのある抑揚がないか、無意識に耳をすませてしまう。友人にこの夢の話をしたところ、「それ、俺も見たことある」と、青ざめた顔で言われたことが、余計に優斗を不安にさせた。

もしあなたが今夜、見知らぬ電車の座席で目を覚ましたなら。次のアナウンスを、最後まで聞く前に、目を覚ますことができるだろうか。


この都市伝説の起源や、なぜ多くの人が同じ夢を見たと語るのか気になった方は、解説記事もあわせてご覧ください。

猿夢の都市伝説・起源と真相


※この物語はフィクションです。

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