雛人形の髪の毛
※この物語はフィクションです。
「せっかくだから、飾ってみようか」
母が言った。
祖母の遺品整理で、蔵の奥から出てきた桐箱。
曽祖母の代から伝わる、雛人形だという。
箱を開けると、上品な顔立ちの内裏雛が出てきた。
髪は、艶やかな黒。
肩のあたりで、綺麗に揃えられていた。
「綺麗な人形だね」
私は、髪をそっと撫でた。
母が、懐かしそうに言った。
「おばあちゃんね、この人形の髪、伸びるって言ってたのよ」
「まさか」
私は笑った。
飾り終えて、なんとなく写真を撮っておいた。
肩の長さで揃った、綺麗な髪。
桃の節句が終わり、人形を箱に戻した。
一年後。
箱を開けて、私は言葉を失った。
髪が、腰のあたりまで伸びていた。
写真と見比べる。
間違いない。
「お母さん、見て」
母も、絶句していた。
「本当に、伸びてる……」
「おばあちゃんが言ってたこと」
「本当だったのね」
母は、少し震える声で続けた。
「昔、亡くなった女の子の魂が入ってるって、よく言ってたわ」
その年、私は毎日、人形の髪を確認するようになった。
伸びていない。
安心する。
けれど、ある朝、明らかに違っていた。
前日より、確実に長い。
写真を撮って、比較する。
一日で、数センチ伸びている。
母に見せると、母の顔から血の気が引いた。
「お母さん、これ変だよ」
「……処分しましょう」
「でも、おばあちゃんの」
「だから、処分しましょう」
母の声が、初めて強くなった。
翌日、母は人形をお寺に持っていくと言った。
供養してもらうのだと。
その夜、私は人形の入った桐箱の前で、最後にもう一度、髪を見た。
肩に触れようとした瞬間。
人形の髪が、指に絡みついた。
振りほどこうとしても、離れない。
気づくと、人形の目が、私を見ていた。
顔の角度は、変わっていないはずだった。
それでも、確かに、こちらを見ている。
私は、髪を無理やり引き離した。
箱の蓋を閉め、急いで部屋を出た。
翌朝、母が桐箱を開けると、人形の髪は元の長さに戻っていた。
肩のあたりで、綺麗に揃っていた。
まるで、何もなかったかのように。
それでも、母はその日のうちに、人形をお寺へ持っていった。
お寺の住職は、箱を開けることなく、そのまま奥へ運んでいったという。
それから、何も起きていない。
ただ、私の指先には今も、あの夜絡みついた髪の感触が、時折よみがえる。
もし実家の桐箱に、古い雛人形が眠っているなら――その髪に、決して自分から触れない方がいい。
この物語のベースとなった雛人形の髪の毛の都市伝説・起源と真相、その起源と真相はこちら。
雛人形の髪の毛の都市伝説・起源と真相|桐箱の奥で伸び続ける、黒髪の理由
